それぞれの心にある誰にも見せたくない闇を繊細に描いた小説を読みました。この作品はカフェや古書店、ドラッグストアや会社などが入った雑居ビルを舞台にした短編小説が寄せ集められたものでした。そのビルは主人公達が働く場でもあり、人々が行き交場でもあります。この本を読んでいると、みんな何気ない顔をして日常を生きているけれど、それぞれの心の中や背景には重い荷を抱えているものなのだと感じました。
IT会社で働く女性の恋愛を描いた物語は、特に印象に残っています。プロレスが大好きで商社マンに恋しているどこにでもいる可愛らしい女性が主人公だったことに親近感を覚えたものです。この作品で最も好きな所は、恋をしながら自分の奥底に眠る過去の思い出と向き合い、今の自分を見つめてゆくところでした。そして大好きだと思っていた男性に告白するも自ら付き合うことを断るのです。その理由は、商社マンの男性から問われた言葉を素直に受け止め、「この男性のことを本当に好きなのではない」と感じたからでした。この女性が出した答えはとても潔くて好感が持てました。またイケメンで肩書きもよくて非の打ちどころのない男性にもまた悩みや苦悩があることを知りました。
「隣の芝生は青い」という言葉がありますが、自分に無いものを持っている人のことはついつい美化してしまい羨ましく思うものです。しかしながらサラブレッドのようによい条件で生きているように見えても、悩みがあり苦悩があることは誰しも同じなのです。こうしたことを考えると、生きることは大変だと思うと供に奥深さと平等さを感じたのでした。